懐古

    sedai_bubble





    1: 1 01/09/25 16:49
    について教えてください。
    あの頃、みんなバブルという異常事態に気づいていたのでしょうか?





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    cool_japan



    1: 47の素敵な(pc?) (3級) 2018/11/25(日) 09:10:19.42
    たまごっち、セガサターン、ノストラダムス  「90年代は楽しかった!」という人々の声

    僕は1984年生まれの、34歳だ。昭和の終わり際から平成の初頭までにかけてが子ども時代になる。
    間もなく年号も変わろうかという今日この頃。このコラムを読んでいる人の中には同世代も多いはず。
    そこで今回は、過ぎ去った90年代に最後のスポットを当てようと思う。

    ……スポットを当てると簡単に書いてしまったが、思い起こせば90年代と一口に言っても前半と後半ではかなり世相が異なるんだよね。
    90年代の前半って、まだ日本がギリギリバブルだった時期だ。

    「コロコロコミック全盛期だった」「ファミコン楽しかった」たまごっち、セガサターン、ノストラダムス」

    冒頭からオタク丸出しで申し訳ないんだけども、たとえば91年の年末に公開された『ゴジラVSキングギドラ』では、
    未来の日本が米国やソ連以上の超大国として世界中を牛耳っているという描写がある。

    この時期の日本は「24時間戦えますか」のキャッチコピーが眩しい栄養ドリンクが大人気だったし、国民が好景気に浮かれていた。
    そういった世相であったため、この映画においても当然”この調子で日本は超大国になる”という見方が当たり前のように取り入れられていたわけだ。残
    念ながら現代の日本は、とてもそんな気配すら見えなくなっているけど。

    90年代前半って、邦楽も今より勢いがあったし、何よりこの時代を象徴していたと思うのが、
    広告に用いられる斬新なキャッチコピーではないだろうか。
    特に『金曜ロードショー』あたりの、遅い時間にやってる番組のCM中で流れるテレビ広告って
    珠玉の出来の作品が多かったと記憶している。

    ほら、山下達郎の楽曲をバックにしたJR東海の「距離にためされて、ふたりは強くなる」とかその代表例じゃなかったっけ?
    バブルは弾け、日本は少しずつ斜陽に向かいつつあったが、一方で邦楽シーンはかなり勢いがあったように思う。
    音楽番組は今以上に視聴率を稼いでいたし、モーニング娘。が大ブレイクしたり
    小室ファミリーの楽曲が週間CD売上チャートを総なめにしたり。

    当時はまだネットで音楽を聴くという習慣もないので、CDも売れに売れていたわけだ。
    さらに98年には椎名林檎、99年には宇多田ヒカルもデビューしている。
    90年代の後半は、こと音楽にかけては傑物よりどりみどり。
    大豊作だった。

    それから、同じく99年にはドコモのiモードのサービスが開始された。
    これに伴って携帯電話ユーザーがどんどん増えていったことをよく覚えている。
    着メロに拘ったり、アンテナがメールを受信すると七色に光るように加工したり。
    機能が少ない当時の携帯電話を、工夫でどうにか楽しもうとしていた、ということだろうか。

    90年代の後半は、色んなコンテンツが一気に押し寄せた、
    混沌の時期だったのかもしれない。経済的な部分では破滅の幕開けの予感がしていたものの
    直近に控えていた新世紀を、ミレニアムだなんだと騒いで浮かれていた節はある。

    僕としても95年から99年にかけては、結構楽しい思い出が多かったような気はする。
    まあ、ちょうど青春時代を被ってただけなので、バイアスがかかってるんだろうけど。

    https://news.careerconnection.jp/?p=62897

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    1: 首都圏の虎 ★ 2020/11/03(火) 11:15:19.00 ID:CAP_USER9
    僕は84年生まれ。小学生時代にはスーパーファミコンがまさに王道のゲーム機の座を不動のものにしていた。これが小学校6年ごろになると、とうとうプレイステーションが台頭するんだけど、意外とそれ以降もスーファミで遊ぶ友達は多かった。

    特に初期のプレステは、そこまで対戦したり、協力して遊ぶゲームが出そろってなかったのもあったし。結局中学生になっても、世帯によってはまだプレステを買ってもらえずに、スーファミを遊び尽くしている同級生はいたもんだ。

    僕と同世代か、その少し上の世代の人たちの中には、まさしくスーファミで大いに遊びまくったゲームキッズも大勢いたものなのである。今日はそのスーファミに焦点を当てて思い出話をしていきたい。(文:松本ミゾレ)

    「『Wizardry6 禁断の魔筆』心臓バクバクさせながら遊んだなー」
    先日、ガールズちゃんねるに「スーパーファミコンで面白かったゲームを語ろう!」というトピックが立っていた。このトピックを立てた人物は『超魔界村』に鬼ハマりしたそうで「めちゃくちゃ難しかったけど熱中しました」と書き込んでいる。

    ううむ、たしかに『超魔界村』はクリアするのは至難の業。カセットを買ってもらったはいいが秒で投げた友達もいたなぁ。結局クリアできないのが悔しかったのか、放課後に何人かの腕利きを呼んでその友達の家で何度もリトライしていたそうだ。僕はその当時まだスーファミを買ってもらってなかったので呼ばれなかったけど(笑)

    『超魔界村』は91年のリリースで、僕がスーファミをゲットしたのはそこから2年ほど経過したころ。このときは『ファイナルファンタジー5』と『新桃太郎伝説』を一緒に買ってもらった。どっちも面白くて、学校から帰ったらすぐにテレビにかじりついていた記憶がある。

    それらをクリアしたあと、友達から『ファイナルファンタジー4』を貸してもらった。こっちも抜群に面白かったし、召喚獣を全部集めるため、ゴブリンとかボムと戦いまくっていた。

    トピックにはほかにも名作タイトルを挙げる書き込みも多い。いくつか独断で紹介させていただきたい。

    「『かまいたちの夜』。人生で初めてハマったゲーム」
    「『スーパードンキーコング』は外せない!」
    「『クロノ・トリガー』。このためにスーファミ買いました。音楽もいい」
    「『Wizardry6 禁断の魔筆』心臓バクバクさせながら遊んだなー」
    「『天地創造』が好きでした」

    このような具合に、女性が多い掲示板の割にはえらくシブいというか硬派なゲームで遊んでいたと書き込んでいる人が多い印象だった。もはやいちいち解説するまでもない名作揃いなんだけど、強いて言えば『スーパードンキーコング』は本当に面白かった。友達と2人で、学校が終わったらまっすぐ帰って、どっちかの家で外が真っ暗になるまでひたすら協力プレイしていたよ……。

    ゲームを通して学んだこともあった
    ここからは僕とスーファミとの個人的な思い出についての話をしていきたいんだけど、僕が子供の頃からすでに「ゲームは子供の成長に悪影響」とする論調があった。まあ、実際モラルに乏しいゲームデザインのソフトやらカセットもあるにはあったが、すべてのゲームにそういう側面があるわけでもなかった。

    たとえば先ほども書いたように、僕は『新桃太郎伝説』にドハマりしたんだけど、このおかげで日本全国の民話やら、妖怪の知識を遊びながら学ぶことができた。その結果、未だにこういった話に関係した仕事をもらうこともあるし、サクサク仕事が進む。

    それから1995年にリリースされた『新SD戦国伝 大将軍列伝』というSDガンダムのシミュレーションRPG。これがマジで漢字をおぼえるのに役に立った。敵も含め、キャラクターはみんな、名前を強引に漢字でアテて命名されている。たとえばガンダムは「頑駄無」といった具合に。

    全文はソース元で
    https://news.careerconnection.jp/?p=103856

    no title


    ★1 2020/11/02(月) 01:46:47.69
    前スレ
    http://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1604249207/



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    1: 名無しさん@おーぷん 20/10/07(水)21:30:27 ID:PKq
    【【黄昏】秋冬のノスタルジックな画像くれ】の続きを読む

    game_friends_kids_sueoki




    1: (京都府) [US] 2020/12/19(土) 09:47:03.82 ● BE:811571704-2BP(3072)
    sssp://img.5ch.net/ico/syobo1.gif
    「スーファミ」発売の1990年、玩具屋が年末年始に行った「なるほど!」な戦略とは
    https://news.yahoo.co.jp/articles/4c20bb8a3ee2ff6c707eaa0fd6cbc95794528c53
    年末年始はどんな職業の方でもお忙しいと思います。そのなかでも玩具屋という職業は、
    他のシーズンに比べて特に慌ただしかったと、実際に玩具屋で働いたことのある筆者は
    思っておりました。

    そこで筆者の体験談から、玩具屋の年末年始をご紹介したいと思います。
    時間は今からちょうど30年前、1990年の年末から1991年の年始にかけて
    体験したことをお届けいたしましょう。

     あの時期、玩具屋で何が一番売れたかというと、間違いなく「スーパーファミコン」です。
    スーパーファミコンはクリスマス商戦を狙ったのか、1990年11月21日に発売を開始しました。
    正式発表は2年前の1988年秋でしたが、半導体不足などの理由で発売は遅れてしまいます。

    「ドラクエ」ブームほどの混乱はなかったのですが、「スーパーファミコンありませんか?」という
    問い合わせは、毎日何度もありました。しかし、本当に入荷数は少なく、いくら問屋に
    頼んでも週に数個単位しか入ってきません。

     そこで、筆者のいた玩具屋では、あえて小出しにして店頭には出さず、ひたすら倉庫に
    ため込み、クリスマスイブ前日の日曜日に店頭に積み上げました。

     これにはどんな意味があるかというと、目立つ時期に人気商品を大量に置くことで
    「この店は品ぞろえがいい」と思わせる効果があるということです。

     今のようにネットで情報が拡散するという時代ではありませんでしたが、
    お客さんの口コミが広がり、その日のうちにすべて売れてしまいました。
    この口コミを聞いたお客さんが来店して「まだある」という状況を作るためにも、商品が大量に要るわけです。

    つづく




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